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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2530号 判決

控訴人(原告)

峯岸清一

被控訴人(被告)

酒川喜代造

ほか一名

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人に対し、

被控訴人酒川喜代造は金一、四一三、三九五円及び内金一、二三三、三九五円に対する昭和四六年六月二九日以降完済に至るまで年五分の金員を

被控訴人車栄子に金一、三九五、三三五円及び内金一、二一五、三三五円に対する同日以降完済に至るまで年五分の金員を各支払え。

控訴人の被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを一〇分し、その六を控訴人の、その余を被控訴人らの各負担とする。

本判決の第二項は、仮りに執行することができる。

事実

控訴人代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。控訴人に対し、被控訴人酒川喜代造は金三二三万八、四八〇円及び内金二九五万八、四八〇円に対する昭和四六年六月二九日以降完済に至るまで年五分の金員を、被控訴人車栄子は金三二一万四、四〇〇円及び内金二九三万四、四〇〇円に対する同日以降完済に至るまで年五分の金員を、各支払え、訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人らは、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、左記のほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人の補足、訂正

1  控訴人は、自転車(以下原告車という。)に乗り、新山下町裏通り方面から路地を左折して新山下町通り(本件事故の発生した通り)に出て、その左寄りの部分(甲第一二証の四の点線矢印のあたり)を、自転車(点灯していた。)に跨つたまま片足を地面について約一〇メートル進み横断歩道に入り、左右の安全を確かめて、横断歩道の中央を進み、センターラインに差しかかつた際に被控訴人酒川の運転する自動車(以下被告車という。)に衝突されたものである。従つて、本件事故における控訴人の立場は、友人に勧められて一口酒を飲み、横断歩道を渡ろうとしてセンターライン付近まで差しかかつた際に自動車に衝突された通行人に準ずるものというべきであつて、控訴人側に過失はなく、かえつて被控訴人の側に、前方不注意の点で重大な過失があつたのはもとより、警笛を鳴らさなかつたこと、ハンドルの操作を誤つたこと(右のような状況の下ではハンドルは、むしろ、左に切るべきであつた。)等の点でも過失があつた。

2  原判決九丁表二行目に「同一二号証の一ないし四」とあるのを「同一二号証の一ないし四(但し、二ないし三は写し)」と訂正する。

二  被控訴人らの補足、訂正

1  控訴人は、酒気を帯び原告車(点灯していない。)に乗車し、被告車と並進中(仮りに並進の状況になかつたとしても、被告者が斜後方九・八メートルに接近していたにかかわらず)左右の安全を確認することなく、右折の合図もしないで、突然右折を開始し、しかも、横断歩道を渡ろうとしたというよりは、対向車線を走行する車両がなかつたことを幸に、控訴人の居宅の存在する、本件交差点の山下橋寄りの対面車線へ直接侵入しようとしたものである。従つて、控訴人の側に重大な交通法規の違反があることは明らかであつて、被控訴人酒川に過失の責任を問うことは、信頼の原則にもとるものである。

2  原判決一〇丁裏一行目に「その余の同号各証の成立」とあるのを「その余の同号各証の成立(但し、同第一二号証の二ないし四については、原本の存在及び成立)」と訂正する。

理由

一  控訴人主張の日時、場所において、被告車と原告車とが接触し、控訴人がその主張のような傷害を受けたことは、当事者間に争いがない。

二  〔証拠略〕を合わせ考えれば、同「甲」号証の二は、本件事故直後担当警察官により作成された「実況見分調書」の写し、同号証の四はこれに添付された「交通事故現場見取図」の写しであること、控訴人は事故現場から直ちに、病院に運ばれたため実況見分は被控訴人のみを立ち合わせて行なつたものであること、以上の事実を認めることができる。従つて、同号証の二、四の記載内容は、いずれかといえば、実際よりも被控訴人側に有利なものとなつている可能性を否定し得ないものと考えられる。

この点を考慮に入れつつ〔証拠略〕を合わせ考えれば、本件事故発生に至るまでの状況は、おおよそ、次のとおりであつたと認められる。(なお、本判決末尾添付図面は、○印しと〈C〉点の記載を除いては、同号証の四と同内容のものである。以下これを単に図面という。)

(1)  控訴人は、病院に入院中の父を見舞つた帰途、友人の勧めで若干の酒を飲み(その量は断定しがたいが、控訴人の注意力に或る程度影響を及ぼす程度のものであつたと推認される。)原告車に乗つて、図面の新山下町裏通りと記載された路地から新山下町通り(本件事故のあつた道路)に現われ、図面電柱の記載された付近を左折し、同道路左寄りの部分(図面点線、矢印の記載された位置)を約一〇メートル西(山下橋方面)に向つて進み、横断歩道手前の図面自転車の印しのある箇所(以下ここを〈C〉点という)で自転車に跨つたまま左足を地面につき、そこから左足で地面を蹴りながら、図面〈A〉点(横断歩道上)に向けて斜に横断歩道に入り、横断歩道を渡ろうとしてA点を経て図面〈B〉点にさしかかつた際、被告車が図面〈二〉点まで近接しているのに気付き、危険を感じて、ハンドルを左に切つたが間に合わず、横断歩道の西側線がセンターラインと交わる地点付近(横断歩道上)で被告車と衝突した。原告車が〈C〉点から〈A〉点を経て〈B〉点に至るまでの間に、控訴人は、左右の安全を十分確認したとは認められず、仮りに一応確認したとしても、飲酒の影響により被告車の近接度を誤認したものと推認され、この間右折の合図はまつたくしていなかつたものと認められる。控訴人が左足で蹴りながら横断歩道に入つた後、そのままの態勢で進んだか、両足ともペタルに掛けた乗車態勢で進んだか、そのへんのところは明らかでないが、仮りに、両足ともペダルに掛つていたとしても、ほとんど、その直後に事故が発生したものと認められる。控訴人が斜に右折するに際し、左足を地面につけたのは、原告車の進行していた道路左寄りの部分が低く中央部分にかけて蒲鉾形に高くなつていたことと、足をつこうとする際に右のペダルが上つていたこと等の事情によるものと認められる。なお、原告車の前部荷物籠には、荷物を積んでいた。

(2)  一方、被控訴人酒川は、被告車を運転して新山下町通り三丁目の交差点(現場交差点から三、四〇〇メートル東に存在する。)を右折して新山下町通りに入り、同道路のセンターライン寄りを時速三五・六キロメートル(秒速一〇メートル程度)の速度で西に進み、図面○印しの地点(この印しは、当審における本人尋問の際、同被控訴人が自ら付したもので、本人の供述によれば、図面記載の電柱を斜前方二、三〇メートルに見える位置であるという。)で原告車が路地から現われ電柱の付近を左折するのを認め、さらに進行中斜前方〈A〉点(横断歩道上)に左方から横断しようとしている原告車を認めたが、そのまま(すなわち警笛も鳴らさず、ハンドルの操作、速度の調節等の措置もとることなく)直進し、図面〈二〉点で、斜前方五・六メートルの〈B〉点まで原告車が近接するのを認め、危険を感じてハンドルを右に切るとともに、ブレーキを踏んだが間に合わず、前記の箇所で原告車と衝突した。

なお、図面では、被控訴人酒川は〈A〉点を斜前方九・八メートルに見る〈一〉点で〈A〉点に原告車を認め、〈一〉点から五・六メートル進んだ〈二〉点で、斜前方五・六メートルの〈B〉点に原告車を認めたこととなつているが、甲第一二号証の二、四の作成についての前認定のような事情、当審における被控訴人酒川本人尋問の結果、前認定の原告車、被告車双方の速度関係その他の事情等から考えれば、被控訴人酒川が横断歩道上の〈A〉点に原告車を認めた地点(若しくは認むべきであつた地点)は、〈一〉点よりもかなり手前であり、従つて、この地点から図面〈二〉点までの距離も、図面に表示された五・六メートルよりも、かなり長いものと推認される。

新山下町通りの片幅は約八メートル、被告車の車幅は一・五、六メートルであるから、センターライン寄りを進んでいた被告車と左寄りを進んでいた原告車との間には、両車が平行して進む場合でも、ゆうに、自動車一台が通れるくらいの間隔があることとなる。

事故当時、対向車線には、被告車が右にハンドルを切つて危険を避けるための障害となるような対向車はなかつたと認められる。

被控訴人酒川は、現場交差点から二〇〇メートル程度離れた箇所に勤務先きを持つ者として、現場の状況(従つて横断歩道の存在)を熟知していたものと推認され、事故当時の現場は、すでに夜ではあつたが、やや明るく、見透しは良好であり、被告車は点灯していたと認められるが、原告車が点灯していたかどうかは明らかでない。

事故発生に至るまでの状況はおおよそ以上のとおりであつたと認められ、〔証拠略〕は措信しがたく、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

(3)  以上認定の事実に基づき双方の過失の有無、程度につき考察する。

原告車が〈C〉点から〈A〉点を経て〈B〉点に至るまでの動作が前認定のようなものであること、道路が中央部にかけて蒲鉾形に高くなつていたこと、原告車の前部荷物籠に荷物を積んでいたこと等の事情から考えれば、控訴人が〈C〉点から〈A〉点を経て〈B〉点に達するまでの所要時間は、この間を歩行する時間に近いものと考えられるところ、〔証拠略〕によれば、この間の距離は五メートル余と認められるので、原告車が〈C〉点から〈B〉点に達するまでの所要時間は、三、四秒程度と推認することができる。とすると、被告車の秒速は前述のとおり、一〇メートル程度であるから、原告車が〈C〉点から右折しようとしていた際には、被告車は、〈二〉点(被控訴人酒川が原告車を斜前方五・六メートルの〈B〉点に認めてブレーキを踏んだ地点)から三・四〇メートル手前の位置にいたこととなる。してみると、前認定のような現場の状況その他の事情に照らせば被控訴人酒川が前方注意義務(とくに、横断歩道に差しかかろうとする際に要求される高度の注意義務)を怠らなかつたとすれば、少くとも警笛の吹鳴、ハンドルの操作、減速等の臨機の措置により事故を避けるのに十分間に合う地点(〈一〉点よりもかなり手前の地点と考えられる。)において、原告車が〈C〉点から〈A〉点にかけて斜に横断しようとしているのを発見することができ、遅怠なく臨機の措置をとることによつて本件事故を回避することができたものと認められる。

被控訴人らは本件事故は、被告車と原告車とが並進中(若しくは、被告車が原告車の斜後方八・九メートルに接近しているのに)左右の確認もせず、なんらの合図もしないで突然右折したために生じたものであるから、被控訴人酒川に過失責任を問うことは、信頼の原則にもとると主張する。しかし、事故の状況が被控訴人らの主張するところとは、大いに趣を異にすることは、以上の考察によりすでに明らかであり、同被控訴人の側に前方注意義務の違反がある以上、信頼の原則を援用して過失責任を免れ得べきでないことは、いうまでもない。

被控訴人らは、また、原告車は横断歩道を渡ろうとしたものではなく、交差点を斜に横切つて、控訴人の住居の存在する山下橋寄りの対向車線に直接侵入しようとしたものであるとも主張する。そうして、〔拠証略〕によれば原告車は〈B〉点から横断歩道西側線とセンターラインとの交わる地点に向つて斜に進んでいることが明らかであるが、それは、前述のように、控訴人が危険を感じて、とつさにハンドルを左に切つたためと認められるので、このことは原告車が斜に交差点を横切ろうとしたことの根拠とすることはできないものであり、他に被控訴人らの右主張を認めて前認定を動かすに足る証拠はない。

してみると、被控訴人酒川は、前方注意義務、とくに横断歩道に差しかかろうとする際に要求される高度の注意義務を怠り、ひいて事故を回避するのに間に合う地点において臨機の措置をとらなかつた点において過失があつたことは明らかである。しかも、右過失の態様、及び一般に、自動車と自転車が衝突した場合には自転車の側の損害がいつそう大きいのが通常であり、従つて、自動車対自転車の関係においては、危険に際し臨機の措置により事故を回避すべき義務は自動車の側にいつそう重く課せられるべきものであることを考え合わせれば、被控訴人酒川の右過失を過小に評価することは許されないところである。一方、控訴人もまた、斜に横断歩道に入つたこと、しかも自転車に跨りながら左足をつくという、危険の回避のためにも、注意力の集中のためにも不適切な態勢で右折、横断をしようとしたこと、右折の合図をせず、注意力に影響する程度に飲酒していたこと等の点において、かなりの過失があつたものと認めざるをえない。

控訴人は、本件事故における控訴人の立場は、酒を一口飲んだ歩行者が横断歩道を渡ろうとしてすでにセンターライン付近まで差しかかつた際事故にあつた場合に準じて考えられるべきであると主張する。

しかし、控訴人の飲酒の程度が前記のとおりであること、道路の左寄りの部分を直進して一旦横断歩道に入つた上で横断を開始したものでなく斜に横断歩道に入ろうとしたこと、しかも横断の動作が前記のような不適切なものであること(前記の態勢は、一方の足を地面につけていたとはいえ、自転車に跨つていた点で、いずれかといえば、不完全不適切な乗車態勢というべきである。)。等の諸点にかんがみれば、本件の場合を、歩行者が正常に横断歩道を渡ろうとして事故にあつた場合に準じて、控訴人に過失がなかつたとすることのできないことは、いうまでもないところである。

以上の考察に基づいて考えれば、被控訴人酒川と控訴人との過失の割合は、被控訴人酒川6、控訴人4と認めるのが相当である。

三  以上に判断したとおり、被控訴人酒川には過失があつたので、同人が民法第七〇九条に基づき本件事故により控訴人の被つた損害を賠償すべき義務があることは明らかである。そうして、原審における〔証拠略〕によれば、被告車は被控訴人車栄子の所有に属し、被控訴人酒川は一時これを借り受けていたに過ぎないと認められる。従つて、被控訴人車栄子は、本件事故当時なお、被告車の運行を支配する地位を失なつていなかつたものと認められるので、同被控訴人は、自賠法にいう「保有者」に該当するものといわねばならない。そうして、被控訴人酒川に過失のある本件においては、免責の抗弁が成り立ちえないことは明らかであるから、被控訴人車栄子もまた、自賠法第三条により、控訴人の被つた損害(但し、自転車代及び眼鏡代を除く。)を(被控訴人酒川と不真正連帯の関係において)賠償すべき義務がある。

四  損害額に関する原審の判断(原判決一二丁裏二行目から一五丁裏五行目まで)を、次のとおり訂正を加え、かつ、「原告」とあるのを「控訴人」と、「被告」とあるのを「被控訴人」と、それぞれ読みかえて引用する。

(1)  一二丁裏七行目「金二二六、三一〇円を支出したことが認められる。」とあるのを「金五六〇、二八一円を要したことが認められる。なお、このうち金三三三、九七一円については、自動車強制保険の給付金により支払われたものであることは控訴人の自認するところである。」と改める。

(2)  一四丁表六行目から九行目までを削除する。

(3)  同丁表一〇行目に「6」とあるのを「5」と同丁裏六行目に「7」とあるのを「6」と、それぞれ改める。

(4)  一五丁表一行目から同丁裏五行目までを次のとおり改める。

「以上1ないし6の合計額は金一、六一二、二七八円、1ないし4の合計額は金一、五八二、一七八円となるところ前認定の過失割合をしんしやくすれば、被控訴人酒川の支払うべき賠償額は金一、六一二、二七八円の六割に当たる金九六七、三六六円(円以下切捨て。以下この額を金額Aという。)、被控訴人車栄子の支払うべき賠償額は金一、五八二、一七八円の六割に当たる金九四九、三〇六円(同上。以下この額を金額Bという。)と認めるのが相当である。

7 慰謝料

以上に認定した受傷の部位程度、治療経過、後遺障害、双方の過失の割合その他諸般の事情を考慮すれば、控訴人の精神的苦痛を慰謝するに足る慰謝料の額は金七〇万円と認めるのが相当である。

8 損害の填補

控訴人が自動車強制保険から1に述べた金額のほか、さらに金一〇万円の支払を受けたことは、控訴人の自認するところである。

9 弁護士費用

本件訴訟の難易、請求額、認容額その他諸般の事情をしんしやくすれば、本件不法行為と相当因果関係に立つ損害としての弁護士費用は、着手金、成功報酬金一切を含めて金一八万円と認めるのが相当である。」

五  してみると、被控訴人酒川は、控訴人に対し、金額Aに前記7、8の金額を加えた総額金一、八四七、三六六円より自動車強制保険から支払を受けた合計金四三三、九七一円を差し引いた残額一、四一三、三九五円及び内金一、二三三、三九五円に対する不法行為の日の後である昭和四六年六月二九日以降完済に至るまで年五分の金員を支払う義務があり、控訴人の同被控訴人に対する請求は右の限度において正当として認容さるべきものであるが、この限度を越える部分は失当として棄却されるべきものである。また、被控訴人車栄子は、控訴人に対し、金額Bに前記7、8の金額を加えた総額金一、八二九、三〇六円より控訴人が自動車強制保険から支払いを受けた前記金額を差し引いた残額金一、三九五、三三五円及び内金一、二一五、三三五円に対する前同日以降完済に至るまで年五分の金員を(被控訴人酒川と不真正連帯の関係において)支払う義務があり、控訴人の同被控訴人に対する請求は右の限度において正当として認容されるべきものであるが、この限度を越える部分は、失当として棄却さるべきものである。従つて、原判決は、以上の判断と異なる限度においては失当であるから、主文のとおり変更することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法第九五条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 小林哲郎 間中彦次)

現場見取図

〈省略〉

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